僕の見たシンガポール

シンガポールから思ったことを日々更新していきます。

Google Xに学ぶイノベーションを生む評価の仕方 リーダーと失敗論 その2

前回の続きです。

 

組織にとって、失敗とは下記の2種類に分けられる、という話をしました。

  1. 組織が答えを知っていることに関する失敗
  2. 組織が答えを知らないことに関する失敗

今回は2点目の失敗に関してです。

 

前回も言いましたが、つまりこれは組織が新しいビジネスや手法を切り開くための、組織の学びとしての失敗ということですね。

 

言うまでもなく、イノベーションが不可欠なこの時代に、このタイプの失敗が重要なことは間違いありません。

イノベーションを生むためにも、リーダーであるあなたは是非とも「失敗を恐れるな!」「ガンガン失敗していけ!」と推進していかなければならなそうです。

 

でも、残念ながら部下はそういう風には動いてくれません。

 

当たり前ですが、誰だって失敗したくない

自動運転車を始めとするイノベーションで知られる、X(Google X)のCEOのAstro TellerがTED Talksで下記のように語っています。

 

壮大でリスクの高いことに野心的に取り組むというのは、そもそも人を不安にさせるものです。

怒鳴りつけて早く失敗するよう強いることはできません。抵抗するでしょう。彼らは心配します。

 

「失敗したらどうする?」 「笑われるんじゃないか?」 「クビにならないか?」 

 

そもそも、ホリエモンの宇宙ロケット開発もそうですが、壮大でリスクの高い、イノベーションの元となるようなことは成功確率が高くありません。

 

前回も言ったとおり、組織人であるかぎりは結果を出さなければいけないのですが、それは部下ももちろん同じで、成功する確率の低いものにはそもそも尻込みをするものです。

 

これは、ピクサーのEd Catmullも同じようなことを、著書「ピクサー流 創造するちから」で語っています。

 

失敗は精神的に大きなダメージとなる 。その原因は、学校時代にさかのぼるのではないか 。

 

人は早くからそのメッセージを頭に叩き込まれる。

つまり、失敗はいけないこと。失敗は勉強不足や準備不足の証。失敗は怠けた証拠、または、そもそも頭が悪いから!だから失敗は恥ずかしいことだ。

 

大人になってからもずっとそう思い込んでいる。誰かが言った失敗することのメリットを受け売りする人でさえそうだ。

 

そのテーマを扱った記事はごまんとあるが 、読んだ人は納得したようにうなずきながら、心は子どものころと同じ反応を示す。

自分ではどうしようもできない。若いころの恥ずかしい経験は拭い去れないほど深く心に刻まれている。

 

私は、社員が失敗を嫌い、何とか回避しようとするのをずっと見てきた。

何を言ってもだめで、まちがいを恥ずかしいものと思い込んでいる。本能的に失敗すれば傷つくという反応になっている。

 

(略)

 

恐れから失敗を避けようとする組織文化では、社員は意識的にも無意識的にもリスクを避ける。

 

そして代わりに、過去にやって合格点だった安全なことを繰り返し行おうとする。その成果は派生的なものであり、革新的なものではない。

 

 

 

長期的に結果を出すために、イノベーションが必要であり、

そのイノベーションを起こすためには、短期的な失敗を厭わず挑戦する必要がある。

と、いうのをたとえ頭で分かっていたとしても、失敗というものに対しては尻込みをするものです。

 

なぜなら、人というものは前にも書いたとおり、長期的な利益よりも、短期的な誘惑に極端に弱いからなのです。

 

「10キロダイエットするぞ!」「禁煙する」……人は様々な誓いを立てて、そして守ることができません。だれもが「我慢できない自分」と「論理的で、辛抱できる自分」の内なる闘争をくりひろげています。

 

なぜ人は目標が達成できないのか。それは、生物が長期的な利益よりも、短期的な誘惑に極端に弱いからなのです。

 

ヤル気の科学―行動経済学が教える成功の秘訣

ヤル気の科学―行動経済学が教える成功の秘訣

 

 

 ではどうしたらいいんでしょうか。

 

評価軸を変えることで行動が変わる

ワンナウツという漫画に、こんなシーンがあります。

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最強球団であるマリナーズ打線との対決で、萎縮しているチームに対して、主人公である渡久地は、「勝敗は気にせず、ボール1つにつき罰金100万、キレのいいストライクであれば罰金50万」というルールを儲けます。

 

なぜならば、バッターに恐怖をしてボール球を投げてしまうことが、マリナーズ打線の出塁率を助けていることを見抜いたからです。

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その結果…

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キレのいいストレートを投げることだけに集中した結果、ボール球を投じることなく、マリナーズ打線を封じ込めることに成功しました。

 

と、まあこれは漫画なんですが、ここで、「打たれても(=失敗しても)いいからストレートを投げろ(チャレンジをしろ)」と言っても、打たれるのが怖いピッチャーはストレートを放りませんよね。

打たれて、防御率が下がったら、最終的には減俸や仕事を失う可能性があるからです。

 

そこで、ここでは評価軸を「被安打」や「防御率」から「キレのいいストレートを投げること」だけに変えてあげたところ、ピッチャーはそれに従って行動をしたというお話です。

 

組織の人間の行動は、基本的にはその組織で評価される行動に従う傾向があります。そりゃ、人間誰しも評価されたいですからね。

つまり、失敗への恐怖を取り除くためには、評価基準を変えてあげる必要があるということです。

 

日本電産永守重信会長は下記のように語っています。

社員の評価において、私は徹底的な加点主義なんです。減点主義は一切取っていません。

つまり、失敗してもいいんです。加点主義だから良いことをやればプラスですし、失敗してもマイナスにはならない。

(中略)

一番ダメなのは、チャレンジしないこと。ダメな経営者も同じで、失敗を恐れてリスクをとりたがらないですよね。


 

つまり、失敗を恐れない社員を作る一つの方法は、日本電産で行っている通り、徹底的な加点主義にするということ。

それによって、社員は結果を出すために、果敢な挑戦も厭わないということです。

 

もうちょっと極端な例として、Xはさらに一歩進んだアプローチを取っているようです。

みんなが壮大でリスクの高いことや野心的なアイデアに取り組み、問題の一番難しい部分に最初に飛び込むようにさせる唯一の方法は、その道を一番選びやすくすることです

 

Xでは安心して失敗できるようにすべく努力しています。チームは駄目な証拠が見つかり次第、すぐアイデアを捨てますが、それは、そのことによって評価されるからです。

 

同僚から喝采されます。上司からハグやハイタッチを受けます。特に私から。それによって昇進します。プロジェクトを終わりにしたチームの1人1人がボーナスを受け取ります。2人のチームから30人以上のチームに到るまで。

 

つまり、「失敗をすることを評価しない」のではなく、彼らは「すぐに失敗をすることを評価している」というわけです。

 

なぜ、こんな極端なアプローチを取っているのでしょうか。

 

ホリエモンのロケットの失敗例がありましたが、数億円から数十億円つぎ込んだロケットを「失敗を恐れない」社員が毎週爆破していたら、どれだけお金があっても足りません。

 

つまり、当たり前ですが、失敗は奨励しつつも、一方で組織への失敗のダメージを最小限にする必要があります。

 

要するに、リーダーとして大切なことは、

  • 部下が失敗を恐れずチャレンジするように評価を変えてあげること
  • 一方で失敗の損害を最小限に抑えること

という2つの難易度の高いことを両立させることです。

 

では、どうやって失敗の損害を最小限に抑えることができるのでしょうか。

次回に続きます。

かわいい子にはレベルに応じてガイドをした上で、草葉の陰から見守りながら旅をさせよ-リーダーと失敗論 その1

 

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失敗を恐れるな

失敗から学べ

失敗は成功の母である

 

巷ではこんな言葉が溢れかえっています。

 

その通り!だと思いますし、ちきりんさんも非常によくまとめられているので、わざわざ僕が再度そこをまとめる必要もないかと思います。

 

失敗は「悪いことだが許されるべきこと」なんかじゃありません。

自分が手に入れたいモノに到達するための、必須プロセスなんです。

 

そう、なので、個人としてはガンガン失敗をして、

すぐさま立ち直って、学んでいけばいいんだと思います。

 

では、自分がリーダーとなったときにも、

部下や組織に対してはどうするのがよいのでしょう?

「失敗から学べ!」と失敗を推奨したらいいんでしょうか?

 

 

リーダーの失敗に対するジレンマ

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想像してみてください。

 

あなたは営業部の課長。今月の売り上げ目標に対して、達成率はまだ50%。残りはあと3日。売り上げ目標は必達が信条のバリバリの営業会社です。

 

明後日に未達の売り上げを全てカバーできる規模の商談を控えています。しかし、担当は新人のAくん。今まで大きな商談の経験もない。一方あなたはかつてのスーパースター営業。心を掴む商談はお手の物。

 

周囲の誰に聞こうとも、冷静に分析しても、Aくんで受注できる可能性は20%以下。あなたが準備をして商談をしたら、80%近くまで引きあがりそうです。

 

さて、あなたはAくんに「失敗してこい!」と送り出せるでしょうか?それとも、「今回は俺が準備とプレゼンをやる」と商談へ赴くでしょうか?

 

会社という組織に所属している限り、あなたは結果を出さなければいけません。失敗を許容し、挑戦を標榜するのは大切なことですが、それも全て結果を出してこそです。

 

失敗を推奨した結果、納期に間に合いませんでした。目標は達成できませんでした。大赤字を出してしまいました。これではリーダーとしては失格です。

 

残念ながら、競争が激しく、仕事量が膨大な現代社会において、リーダーは次から次へと結果を求められる状況に置かれています。そんな中で、確実に結果が出せる道を選ぶのは仕方がないことであり、あまり悠長に部下に回り道をさせている余裕がありません。

 

つまり、失敗の大切さを多くの人が知りながらも、多くの組織において、失敗を許容できない実情なのはそういうわけです。

 

 

組織にとって、失敗の持つ意味

 

リーダーがどうするべきかというのを語る前に、組織にとって、そもそも失敗とはどういう意味を持つのかをまとめておきましょう。

 

組織にとって、失敗とは2種類に分けられるかと思います。それは、

  1. 組織が答えを知っていることに関する失敗
  2. 組織が答えを知らないことに関する失敗

の2つです。

 

たとえば、ちきりんさんのブログにも貼ってあった、ホリエモンの宇宙開発の失敗の話は、前者にあたります。どうやったら安価で民間開発のロケットを成功させるかという話は、ホリエモンの会社の誰も答えを知りません。

 

それに対して先ほどの営業課長の例は後者です。課長であるあなたはどうすれば成功するかという答えを知っています。部下個人がそれを体得できてないだけです。

 

これらを考えると自ずと組織にとって、失敗の持つ意味というのも2つに分けられるということが分かります。つまり、

  1. 組織に属する個人の成長を促進する、個人の学びのための失敗
  2. 組織が新しいビジネスや手法を切り開くための、組織の学びとしての失敗

ということになります。

 

どちらが大事でどちらが大事でない、なんてことはありません。どちらも組織の将来の永続的な成長のためには必要な投資です。では、リーダーはこれらに対してどのように振る舞っていけばよいのでしょうか。

 

組織が答えを知ってることに対する失敗に対して

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結論から言うと、当たり前ですが、部下にガンガン挑戦をさせながら、彼らの成長を促しつつ、さらには結果を出すことを両立させることがリーダーの役目です。

 

そんなことできるのかって?簡単に言うと、リーダーであるあなたの力量と心構え次第で可能です。なぜならば、組織やあなたは答えを知っているわけですから、いざとなったらば大惨事になる前に尻拭いはできるわけです。

 

つまり、リーダーとしての力量が問われるのは、どの程度のチャレンジを部下に課して、どのようなガイダンスをしてあげて、さらにはどのタイミングで見切りをつけて尻拭いをするかというポイントです。

 

「かわいい子には旅をさせよ」と言いますが、旅をさせつつ、草葉の陰から常に見守っていて、致命傷を追う前に助けるイメージですね。

 

先にあげた営業課長の例では、これがまだ月初で、他の部下で売り上げがカバーできそうだったらば、任せてみるという判断もできます。もしくは提案までにもっと時間があったならば、手直しできるギリギリまでは新人に提案書を作らせて、手直しをすることもできます。例にあったようなギリギリの状況だとしても、提案書を準備をして、キーの部分は自分でプレゼンもしますが、一部分を新人に任せるという決断もありです。

 

さらに、このとき重要になってくるのが「どのようなガイダンスをしてあげるか」という点です。チャレンジを与えるべきと言いますが、丸投げをすることが正しいわけではありません。

 

赤羽雄二氏の「世界基準の上司」には以下のように書かれています。 

上司の価値は、部下にどのくらい具体的な指示を出せるかに大きく依存する。意志決定をすれば「後は部下がやるべきだ」「部下は顎で使えばいい」と考えているならそれは論外で、上司の役割の勘違い、誤解に他ならない。

 

部下に指示を出す時、できるだけ具体的な指示をする必要がある。あいまいな指示でこちらのニーズを理解してほしい、汲み取ってほしいというのは無茶な願いであり、上司の横暴、わがままだと考えている。そういうことはしていないと思っている上司でも、うっかりあいまいな指示をすることがある。

 

(中略)

 

上司は、部下のこれまでの経験、スキル、性格等を十分考えて、何の仕事を依頼するか、どこまで具体的に指示すべきか、きめ細かく考える必要がある。

 

 

これらを総合すると、部下にチャレンジをさせることはリスクも伴いますし、何よりも手間がかかります。が、答えを知ってる人たちだけで常に解決をしていたらば、部下の成長はありません。人の成長しない組織には限界が訪れます。何よりもリーダーであるあなたはいつまで経っても部下の仕事の肩代わりをし続けなければなりません。部下の成長があなた自身や組織の将来のためにつながるという意識を持って意図的に取り組むことが、あなた自身のリーダーとしての力量を引き上げていくことでしょう。

 

さらには、あなたに部下を持つ部下がいるならば、その意識を全員に徹底させることが強い組織を作る上での礎になるに違いありません。

 

じゃあ、組織が答えを知らないことに関する失敗はどうしたらいいんでしょう?

後編に続きます。

上司と話す目的は4つしかないんだってば

どうも、タケナカです。

 

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まだ年次が浅い人たちをコーチングしていて気づいたのですが、普段の仕事で上司と話す目的なんて4つしかないということに気づいていない人が多すぎます。

 

この目的のどれにも当てはまらない話で上司の時間を無駄に使ってしまったり、また、話の目的が上司にクリアに伝わっていないままだらだらと話しつづけたりすることで、「で、お前は何が言いたいんだっけ」と上司は呆れ状態になり仕事ができないやつとして見なされていくのです。

 

できる上司は基本的にヒマではないはずですから、どこに着地するか分からないダラダラした話は相手をイライラさせるだけです。

 

なので、まず上司に話しかけるときは、今、何の目的で話しているのかを真っ先に示してあげることが何よりも大事になります。「先日の件のアップデートなんですが…」「I'd like to get your approval on~」みたいな感じです。

 

で、じゃあその4つの目的とは何かですが、

  • Update
  • Input
  • Approval
  • Question

の4つです。ほうれんそうではありません。

 

それでは、それぞれの目的について簡単に説明していきましょう。

 

Updateとは

これは、要するに情報共有にあたるもので、「こないだ頼まれたあの仕事、XX日までに終わりそうです!」みたいなポジティブなものや、「競合がこんなヤバイことしてきているっす!」みたいなネガティブなものがそれに該当します。

 

Updateの難しいところは、何でもかんでもUpdateすればいいわけではなく、上司の期待値を汲んだ上で、適切に行うことです。

 

頼んだ仕事がいつ終わるかどうかを気にしているからこそ、仕事が何日までに終わるかどうかをUpdateするのですし、テンションを張っている競合が大きな動きをしてきているからUpdateするわけです。

 

そこの期待値を外していると、「僕の肛門がやたらとかゆいっす!」みたいなUpdateとなんら変わらないわけですね。「そんな話はどうでもいいねん」という感じで受け止められるわけです。

 

さらには、ネガティブな情報共有に際してのポイントは、その後のアクションに対する意見持っておくことです。

 

「競合がヤバイことをやってきた」だったら、「なので今週以降の売上のデータをチェックして、インパクトを精緻にチェックして対策を立てましょう!」といった意見を準備しておくことで、より一層デキるビジネスマンな感じになりますね。

 

Inputとは

これは、自分の意見に対して上司の意見をもらうというものです。

 

「来期のマーケティングプランを作って来たので、ご意見もらえませんでしょうか!」みたいなやつです。

 

ポイントは、しっかりとした自分の意見を持っておくことと、どこにinputが欲しいかを明確にしておくことです。

 

前者の方は当たり前だと思われるかもしれませんが、Inputは自分の思考が試される重要な瞬間ですので、如何に上司を唸らせて、「こいつはできるやつだ」と思わせるかの勝負の場なのです。是非とも考えに考え抜いて自分の意見を持っていくべきでしょう。

 

後者の方も、これまた大事でして、要するに期待値の擦り合わせです。まだドラフトのプレゼン資料を持っていって、プレゼンの流れに対して意見が欲しい時に、パワポのフォントがまだ揃っていないのとかを指摘されてもお互い不幸なだけです。

 

Approvalとは 

 いわゆる合意や承認のことで、上司からしてみたら、自分がApporvalをしたものは今後何が起きても部下ではなく自分の責任になります。

 

「ちょっとこの資料を見て欲しいんですけど…」みたいな曖昧な感じではなく、「この資料にApprovalが欲しいんですけど…」と言うことで、そこの線引きを明確にさせることで、余計なトラブルも防げるわけです。

 

つまり、Inputとは責任の重さが違うため、上司側も身構えるわけでして、もちろん持っていくものの質は最高のものを準備する必要があるわけです。

 

ちなみに、この時に「前回こんなinputをいただきましたが…」という形で上司自身が前に何を言ったかを思い出させるというテクニックが円滑に進める上で有効だったりします。

 

Questionとは

最後が、質問、です。よく、「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」という風に質問をすることを推奨する文化がありますが、僕は、質問はなんでもかんでもするべきではないと思っています。

 

ポイントは、知らない情報に関しての質問は素直に質問をして聞くべきですが、仕事の進め方、提案内容といったものに関しては、自分の意見を提示して、そこに対してInputをもらうという形で行うべきです。

 

つまり、極端に言うと、質問は知らない情報を手に入れる時のみに行うべし、ということです。

 

つまり、「AB商事との過去のトラブルに関して教えてください」「シンガポールでの守らなければならない商慣習ってなんですか」といった質問はOKですが、「この仕事はどうやって進めたらいいんでしょう」「次回の提案はどうしたらいいと思いますか」みたいな質問はNGだということです。

 

優しくてヒマな上司なら、そういった質問にも懇切丁寧に教えてくれるかもしれません。しかし、普通は、そういった質問が続くと、上司の目からしたら思考を放棄している部下にしか見えませんし、「で、お前はどうしたらいいと思うんだよ!」と返してくること請け合いです。

 

やはり、自分の頭で考えて物事をゴリゴリと前に進めてくる部下の方が圧倒的に優秀に映ることは間違いありません。もちろん、そちらの方が自分自身も成長できるわけですから。

 

 

と、いうわけで、もっと上司と話す際は、思考をシャープに磨いて、目的をクリアにして話せば、もっと成長できて、もっと「仕事ができる人」になるわけですね。

前川恵議員に感謝の意を表したい

自民党政権が選挙で大勝しましたが、アベノミクスが無条件で支持されたわけではなく、アベノミクスは景気回復につながっておらず、実質賃金が低下しているという批判があります。

 

その批判に対して、自民党の前川恵議員が「どうしよう、分かんない」という素敵な回答をしてくださったおかげで、今回その問題がより一層衆目を集めることとなりました。

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案の定、この受け答えはネット上で、大炎上でボッコボコなわけでして、僕もムキー!と義憤に震えたわけなんですが、そこでふと聖書の有名なエピソードが頭をよぎったわけです。

ある時、イエスが弟子たちを連れて街中を闊歩していると、一人の女性が民衆から石を投げつけられていた。

なぜこんなことをしているのかと、弟子が民衆の一人に問うと、「この女は罪人だからだ」と答えた。

 

それを聞いたイエスは民衆にこう言った。

「ならばしかたがない。続けなさい」

そしてこう続けた。

「ただし、一度も罪を犯したことのない正しき者だけこの女性に石をぶつけなさい」

と、いうわけで、この義憤をぶつけて、個人攻撃をしたり比例代表制の問題点について語ったりはたまた「これだから女はダメなんだよな」といった女性蔑視の発言をする前に、まずはこの問題を自分自身で答えられるようになっとかなければいけない、と思いまして、今回は、簡単にまとめてみました。

 

実質賃金は本当に下がっているの?

まずは、質問の内容が真実かどうかを確認しましょう。

厚生労働省のページを見る限り、どうやら間違いはなさそうです。

簡単のために、産経デジタルのグラフをポイッと拝借して貼っておきますね。

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実質賃金が下がることは悪いことなの?

なんとなく、実質賃金が下がっていると聞くと悪いことのような気もしますが、そこを次は確認しましょう。

 

まずは、そもそも実質賃金とは、何かについては、Wikiさんから引用しておきます。

実質賃金(じっしつちんぎん)とは経済学用語の一つ。労働者が労働に応じて取った賃金が、実際の社会においてどれだけの物品の購入に使えるかといった大きさ。これの数字は名目賃金から消費者物価指数を除することで求められる。

つまり労働者の給料が二割増加しても、同時に物価も二割増加しているならば労働者は多くの物資を購入できるようになっていないため実質賃金は向上していないというわけである。

労働者の賃金が変化していなくても経済状況などにより物価が上昇しているならば実質賃金は下落しているということになる。

これを見る限り、実質賃金が下落しているというのは、何ら望ましいことではないということを感じますね。

 

そもそも景気回復のサイクルとしては、

  1. 企業が儲かる
  2. その儲かった額を還元することで、賃金が上昇する

の順番です。経営者は慎重になるため、賃金の上昇は遅れてやってくるとも言われていますので、この段階での判断は時期尚早とも取れますが、どちらにせよ、今後の実質賃金の上昇を考える上で、企業が儲かっているかどうか、さらにはそれが賃金として還元されるかということが非常に大事になってくるわけですね。

 

じゃあ企業は儲かっているの?

上場企業各社の2015年3月期の経常利益の昨対比予想をこちらを参考にすると、全産業平均して3.5%の改善と予測していることが分かります。

 

「お、じゃあ企業は儲かっているね!」と結論付けたくなりますが、細かく見てみると、下記のグラフのようになります。

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これにより、製造業は儲かっているけど、非製造業は儲かってないよね、という結論が一目で分かります。

 

また、全産業平均ではプラスとなっていますが、これは上場企業の平均でして、このデータの中では製造業の企業数は57%を占めていますが、世の中全体に占める割合はわずか11%でしかありません。(データは中小企業庁より拝借)

 

GDPにして製造業が占める割合は18%ほど、従業員数だとしても24%だけでして、76%の人が勤めている会社が平均して儲かっていなかったら、そりゃ賃金は上昇しないよね、ということが分かります。

 

製造業の賃金は上昇するの?

そもそも、製造業が儲かっているのは、海外での売り上げが円安影響を受けて拡大していることに尽きます。あとは、その儲けを、国内の人件費の高い人材に還元するのか、海外の人件費の安い人材にもっと投資をするのか、というところが焦点ではないでしょうか。

とはいえ、ある一定の割合は国内に還元するでしょうから、「製造業の賃金は上昇する」と言って間違いないと思われます。

 

なんで、非製造業は儲かってないの?

結論から言うと、

  1. 一気に進行した円安
  2. デフレに慣れきった消費者
  3. さらに消費税増税によって冷えた消費者心理

の3つによって、コストは余計かかるけど、価格に転嫁できないので儲からないという状況です。

 

1点目ですが、円安によって、海外から輸入している原材料は円換算で全部値上がりしているわけでして、2013年頭のドル80円だったときに比べて、今のドル120円下では、単純計算で原材料が50%値上がりしているわけです。

日本一分かりやすい細野真宏先生の本でも下記のように説明されています。

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カリスマ受験講師細野真宏の経済のニュースがよくわかる本 日本経済編

カリスマ受験講師細野真宏の経済のニュースがよくわかる本 日本経済編

 

 

問題は、このとき、モノの値段を単純に上げられればいいのですが、以前にもちょっと触れましたが、日本はすっかりデフレに慣れきってしまっていまして、値上げに対して極端に敏感な消費者心理が築き上げられています。

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さらに、そこで消費税増税によって、冷えてしまった消費者心理はより値上げを難しくするわけです。企業としても、消費者が離れて売り上げが減ったら元も子もないわけですから。

 

それでも、最近は吉野家だとか日清オイリオだとかの企業が値上げに踏み切っているのが見うけられますが、要するにもう限界なので、勇気を持って値上げをするしかないという状況なわけです。

 

ただ、この記事にある通り、節約を推進する動きは間違いなく出てくるので、果たしてこれらの勇気ある値上げがうまくいくかというところはまだ不明なところです。

(こういう節約の動きが、結果的に自分たちの首を絞めるだけだと個人的には思いますが)

「これまでと同様の生活をしていると、間違いなく生活費が足りなくなるはずなので、生活のあらゆるところで見直しをして、替える必要があります。これを私は『替え活』と呼んでいます」とし、例えばMサイズで270円のホットコーヒーを出すカフェチェーンに行くのではなく、同じくらいの量でありながら150円で飲めるセブンイレブンを活用したり、ナショナルブランド商品をPB(プライベートブランド)に切り替えるなどの「替え活」を提案した。

 

じゃあ、どうやって非製造業を儲けさせるの?

もうここからは完全に個人的な素人の意見ですが、儲けるためには、要するに売り上げを上げるかコストを下げるか、しかないわけです。

 

なので、必要な方策としたら、

  1. 消費者に値上げを受け入れさせる(円安をこのままの水準でキープするなりもう少し進行させるなりして、どの商品もどんどん値上げをさせて、消費者心理に値上げ耐性を作る)
  2. タフな環境下で企業に死ぬ気でコストを削らせる
  3. その際に、人件費は削られないように正社員割合を高める政策を行う
  4. (しばらくしたら円安を一旦落ち着かせてコストを下げてあげる)

といったところじゃないでしょうか。

 

と、いうわけで、非製造業企業には辛い冬の時代が当分訪れますが、

  • 上場企業は製造業の割合が高いので、ぱっと見の数字は悪くない(「アベノミクスはうまくいっている!」と言いやすい)
  • さらに、日本株が外貨換算で割安に映るため、株価は円で見たら高い水準で推移しやすい
  • そもそも選挙が終わったばかりなので非製造業周りの話は4年後までになんとかすればよい
  • (消費者に値上げ耐性ができたら、消費税も上げてしまえるかもしれない)
  • 実質賃金?そんなものは遅れて来るもんだからもう少し辛抱しなさい)

という感じで安部さんは考えていらっしゃるじゃないでしょうか。いや、想像ですが。

 

 

と、まあそんな感じで、自分の考えをこうやってまとめることもできましたし、僕も含めて世間を啓蒙してくださった前川恵議員には感謝したいと思うわけです。

男性の皆さんは死ぬ気で英語を頑張らないと

こんにちは、タケナカです。

 

世間一般でよく言われてることですし、僕もよく実感するのですが、女性の方が英語が上手です。

 

これは世界的に見てもそうで、国際教育機関である「Education First」が発表している統計を見ても、残念ながら女性の方が英語が喋れます。

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これ、なんとかならんのかな、と男性の僕は思うわけですが、そういえばかの有名な安西先生が言ってました。

 

下手糞の
上級者への道のりは
己が下手さを
知りて一歩目

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と、いうわけで英語に悩める男性の方々(僕も未だに悩んでます)の上級者への道のりを切り開くため、「なんで女性のほうが英語が上手なのか」をご説明したいと思います。

 

「己が下手さを知る」ということは、「どう下手なのか」というのを認識することだけでなく、「なんで下手なのか」というのを認識することが間違いなく大事ですからね。

 

 

で、コンクルージョンファースト!

結論は、女性の方が圧倒的に英会話を練習してるから、です。

 

「女性の脳の構造が言語能力に優れているから」なんていう意見も聞きますが、脳の構造なんて変えられないので、そんな理由で納得してしまっていては、上達はありません。

 

まあこれだけだとよう分からんので、その理由をもう少し噛み砕くと、以下の3つになります。

 

1. 物怖じしない

「1年目は、女性の営業の方がよい成績を収める」

 

これは、僕が昔勤めていた営業で有名な某社で言われていたことです。そこの営業部長曰く、

 

「女性は存在自体を肯定されながら育ってくるが、男性は成果を肯定されて育つ。この差が、営業の押しの強さの差を生み、結果として成果の差につながる」

 

つまり、女性は子供の頃から存在が可愛いということだけで、受け入れられ褒められてきますが、男性はテストでよい成績を取ったり試合で勝ったりと行動の結果を褒められるので、男性は結果を考えて行動するようになるわけです。

営業とは、多少理不尽でもなんでもある程度「買ってください!」と飛び込む勇気も大事なんですが、男性は否定される結果を恐れるあまり飛び込み辛くなります。反対に女性はある程度自信を持ってえいやと飛び込むことができるわけです。

 

英会話もこれと同じだと思ってまして、男性の方が文法をミスったらどうしようとか、伝わらなかったらどうしようとか、結果を考えてしまい、うまく喋れないときは黙りがちですが、女性は物怖じせず、飛び込んでいくわけです。

 

「うまく喋れないよりも、何も喋らない方が価値がない」

これは、ウチの会社でミーティングの参加者に対してよく言われている格言ですが、男性の皆様は、英語の練習でもその覚悟で、自分が臆病になりがちなことを認識しつつ、とにかく言葉を発してしまうことが大事です。グループでの会話なんかは、特に、自分が何も言わなくても笑っていれば回ってしまうので、口を開くことで自分を追い込んでしまうわけですね。

 

2. 言葉を発したい欲求が強い

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女性は1日に2万語を発しないとストレスを感じ、男性は7千語で十分と言いますが、そもそも言葉を発したい欲求に圧倒的な差があります。

 

もともと7千語で生きてきた男性が、英会話の練習だからと慣れない中で無理やり2万語を(さらに慣れない言語で)喋ろうとすると、簡単に言うと疲れるわけです。

で、人間疲れることはやりたくないわけなので、どうしても口数は減っていく傾向にあります。

 

どうするかというと、疲れない体力をつける必要があるわけでして。つまり、日本語でもいいから日に2万語を喋る習慣を身につける、ことが大切な1歩になります。

 

3. 相手が話を聞いてくれる

Bob「週末は何をしていたの?」

Taro「私は、えーと、あの、週末が、えーと、週末は、うーん、サッカーの試合を、えーと、観察するんだ。あの、その、それが、とても楽しかったよ」

Bob「それはナイスだね!僕もサッカーを見るのは大好きなんだ。どこに見に行ったの?」

Taro「え、えーと、その、ごめん、もう一度言ってくれないかな?」

Bob「どこにサッカーの試合を見に行ったの?」

Taro「どこに?…ああ、えーと、私は、昨日、えーと、サッカーを観察しに、国立、国立きょうぎじうが、行くよ」

Bob「おー国立競技場って僕はまだ行ったことがないんだけど、有名なところなんだろ?楽しそうだね!何の試合を観に行ったんだい?」

Taro「ハハハ…(聞き取れずに愛想笑い)」

Bob「……?」

 

結局のところ、英会話の練習で困るのは、こんな感じで大して喋れない会話に辛抱強く付き合ってくれる相手を見つけることです。何言っているか分からず、遅々として進まない会話はストレスにしかなりませんので、相手はよほどあなたとの会話にメリットを感じない限りは付き合ってくれません。

つまり、相手があなた自身に大きな興味があるか、もしくは、会話をすることでお金をもらえるか(つまりは英会話教室ですね)とかですね。

 

で、皆様ご存知の通り、日本人女性は海外でモテます。正直、日本人から見るとちょっとアレな感じの女性でも、モテモテだったりします。まさに、「あなた自身に大きな興味がある」状況が作り出されるわけです。

 

要するに、外国人男性が気を惹こうとするため、女性は話を聞いてもらいやすい環境にいるということです。逆に、男性はよほどのイケメンでない限りは、なかなかコミュニケーション抜きでモテモテというのは難しかったりします。

 

なので、男性の皆様は、世界に羽ばたく英語学習法 スピーキング編でも書いた通り、おとなしく独り言で練習するか、日本人同士で練習するという努力をしこしこと行う必要があるわけですね。

日本人男性であるというだけで大きな興味を持ってもらえるというフィリピンに留学するというオプションもあるらしいですが、僕はよく分かりません)

 

ちなみに、そういう異性との交流というものを通じて育まれる女性の英語発音が、より美しくより魅力的にとネイティヴに近いものであるのに対して、男性の英語は学校や仕事で生き抜くために辛い思いで身につけるものなので、発音は日本人ちっくなままでとにかく伝えられればいいや、という感じのものであるのは、これを考えると非常に納得できるわけです。

 

と、いうわけで。

男性の皆様は、英会話学習に対してのハンディキャップを認識しつつ、

  • 結果を恐れず、とにかく口を開く
  • まずは日本語でいいから、2万語喋る習慣をつける
  • 独り言でも、日本人同士でもいいから喋る機会を創出する

の3つを心がけて、死ぬ気で頑張れば道は開けてくると思うのです。がんばりませう。

 

1円玉なんてものは早く廃止したらいいんじゃないかな

どうも、タケナカです!

 

もう今回言いたいのはシンプルにタイトルの通りでして、早いとこ1円玉を廃止したらどうか、と思っているんです。

 

1円に笑う者は1円に泣くともよく言われますので、「なんと罰当たりな!」と思われるやもしれませんが、いつもの通り、3つばかり理由をあげさせてください。

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1. めんどくさい

なんかアホっぽい理由に聞こえますが、結構本気でして。

 

僕が住んでいるシンガポールも今やすっかり1セント硬貨を見なくなりまして、最小単位は5セントなんですが、その5セントもほとんど使われません。

 

なので、日本に帰ってきて毎回思うのが、この1円玉の扱いがかなりめんどくさいんです。

 

例えば、183円の時に203円で支払う的な気遣いをしようとするとどうしても時間がかかります。
とはいえ、それをしないと財布はパンパンに膨れ上がって傷むので、めんどくさくともしないわけにはいきません。さらには、レジの人からしても、1円玉を数えたり、お釣りを準備したり、と手間がかかってるわけです。

 

「こいつは外国かぶれして何を言ってるんだ」と思われるかもしれませんが、もし今から新硬貨として10銭玉、つまり0.1円の硬貨が発行されたらどうでしょう?104.3円の飲み物を買って、10銭玉を7枚お釣りにもらう世の中を想像してください。相当、めんどくさいですよね。

 

つまり、価値に対して、最小硬貨単位を不必要に小さくしたままだと、社会全体に無駄な手間を強いる羽目になります。1円玉は価値が低すぎるわけです。

 

2.鋳造コストが高い

2013年現在で、1円玉を作るのにおよそ3円かかっていまして、その硬貨の価値以上に無駄にコストをかけて作っているわけです。

 

あれ、そんなものいります?

 

消費税関連の需要増加を見越して、2013年度中に約2500万枚、2014年度は1億6000万枚製造したみたいですが、2014年はこんなものに5億円も使ったわけです。

 

借金が1000兆円あるのにそんなものにお金を使っているなんて、まるで無駄遣いがやめられない多重債務者みたいですよね。テレビのドキュメンタリーに出ては、視聴者から「お前大丈夫か?」って思われるあの人たちです。

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最近ではカナダで1セント硬貨が廃止され、ユーロ圏でも1セント、2セント硬貨の廃止が決定されたりしてまして、この鋳造コストに見合わない硬貨は世界的にも廃止される方向にありますね。

 

3日本人が価格にうるさくなくなる

最後のはまあ賛否両論かもしれませんが、日本人はもうちょっと価格に対して大らかになるべきだと思うわけです。

 

所感ですが、色んな国のマーケティングをしていて思うのは、日本人の価格へのうるささは異常なレベルだと感じてますし、その結果、先進国の中で唯一と言っていいほど物価はまったく上がっていないという結果になっています。

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(こちらより拝借)

 

長らく続く不況で冷え切った心理のせいだとか、倹約を美徳とする日本人の性格のせいだとか、企業間の激しい値下げ競争のせいだとか、色々と原因は考えつきますが、このまま価格にうるさすぎるままだと、通貨供給量がガンガン増えようが、金利は下がれど物価は上がらず、消費税も増税できないし、円安の原材料高騰も受けてバンバン倒産していく会社が増えていくし、とそんな未来しか見えないわけです。

 

逆を言うと、日本人が価格に対してうるさくなくなり、物価の上昇が容易になると、それに合わせてお金が回りだして、結果的に個人へのリターンも増えつつ、さらにはインフレで日本の借金も実質的に目減りしていくわけです。

 

じゃあどうするか、と言ったら1円玉を廃止してやればいいんです。こんな小さい通貨単位があるから、日本人は細かく価格を気にするわけです。

 

日本には肩こりという言葉があるから、日本人は肩こりに悩まされるのであり、日本に住んでいる外国人はその概念を知ってから肩こりになる、なんて逸話もありますが、それと同じです。

 

なんなら、1円玉を廃止した上で、さらにデノミでもしてやるなり(今までの100円を1円にしてしまうとか)、もしくはアメリカみたいにドルとセントを分けて、ドル以下は大した額じゃないという印象を作ってやることも効果的だと思います。

こちらのWEBマガジン出版翻訳 Did you know that?-ラッキー・ペニー(1セント)の価値の記事に面白いことが書いてありまして、

 

さて、ある日、息子と息子の友人を連れてタコベルというメキシコ系ファーストフード店に行ったときのことだ。私は、お腹がすいていなかったので、子どもたちだけ食べさせようとした。息子は10ドル(約1200円)を持って注文にいった。タコスを買って、席に戻ってきた息子は、おつりの1ドル札を「はい」と言って私に渡した。
「ちょうど9ドルだったの?」
と聞くと、
「8ドル99セントだったよ」
「じゃ、どうして1ドル1セントのおつりじゃないの?1セント落としたの?」
「違うよ。1ドルしかくれなかったんだよ」
「理雄がいらないって言ったの?」
「そんなこと言わないよ。1ドルしかくれなかったんだ。お母さん、1セントぐらいどうでもいいじゃないか」
その一言が「カチン」ときた。ここで私の日本人的律儀さがむくむくと湧きあがってくる。『1円を笑うものは1円に泣く』と教えられて育った世代の日本人だ。この息子の一言は許せない。
(略)

アメリカ人って、大きなお金にはこだわるけど、1セントってお金じゃないみたいなとこあるわよね。お店だって、銀行だって1ドル以下のお金は収支が合わなくっても、上司からの苦情はないって聞いたことあるわよ。実際、アメリカは、クレジットカードや小切手社会だから、小銭を扱うことは日本に比べればずっと少ないけれどね…」

 

そんなわけで、文化の影響ももちろん大きいとは思いますが、それと同時に、通貨と最小単位の硬貨は金銭感覚に大きな影響を与えるんじゃないでしょうか。130円の飲み物が150円に値上げになるというのと、1.3円のものが1.5円に値上げとなったら、だいぶ印象が違うように思うわけです。

 

と、いうわけで、早いとこ1円玉を廃止してしまえばいいと思うし、なんならデノミもしてしまえばいいと感じているタケナカがお送りいたしました。

 

ニュートンのりんごと民主主義と。

ニュートンが木から落ちるりんごを見て、万有引力の法則を発見した、と言われています。

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とはいえ、古今東西、無数の人が木から落ちるりんごを見ていたのに、なぜ、ニュートンだけが万有引力に気づくことができたのでしょうか。

 

僕がNバッグを背負ってた純粋な小学生だった頃、N能研の先生がこう言ってました。

 

ニュートンはりんごだけを見て気づいたんじゃない。ニュートンはさらに月を見て、月が落ちてこないのに、なんでりんごが落ちてくるんだろうって考えたんだ」

 

仕事柄、よく分析というものをやるのですが、優れた分析かそうでないかを分けるのは、ベンチマーク(比較対象)を何に設定して比較するか、がほぼ全てです

 

ニュートンの事例で行けば、彼が木から落ちるりんごを見た時に、月をベンチマークにして比較したからこそ、その差異に気づいて万有引力を発見できたわけです。

これが例えば、ガリレオのように鉄球をベンチマークにしていたならば、「物質は重さによらず落下速度は同じである」ということを発見できていたんじゃないでしょうか。

さらに、昨年のりんごが落ちる時期をベンチマークにしていたら、もしかしたら今年の気候やりんごの生産状況が分かったかもしれません。

ちなみに、猿が木から落ちるのを見て、「猿も木から落ちる」ということわざが生まれたのも、要するに、通常の木から落ちることのない猿たちがベンチマークになっていたわけです。

 

逆を言うと、ベンチマークなしに「色が赤いりんごほどよく木から落ちる」という結論を言われたらどう思うでしょうか?ホンマかいな、って思いますよね?青いりんごとのベンチマーク比較を見せてくれないかぎりはちょっと信じがたいはずなのです。

 

さらにもっと大事なのはベンチマークの変数をなるべく抑えることです。「色が赤いりんごほどよく木から落ちる」という結論を出したいのならば、季節も土地も天候もなるべくみんな揃えて、青いりんごとの比較をすべきです。「風が強かっただけなんじゃないの?」とか無用なツッコミを防ぐ必要があるからです。

 

さて

 

前回は「民主主義ってもう限界なんじゃないんですかね?」と言わせていただきましたが、

実はそもそも民主主義が機能しているかどうかを語るならば正しいベンチマークをすべきです。

 

つまり、全く条件の同じ日本を用意して、一方が民主主義で、もう一方が別の方法で統治されているという2つの日本をある一定の期間を観察して結論を出すべきなんです。

 

まあそんなことは不可能なので、どの他の変数が結果に影響を与えているかを考える必要があるわけです。赤いりんごの例で言うならば、早く落下したのは、色のせいなのか、風のせいなのか、といったところをなるべくいくつかの事例を比較して判断していくわけです。

 

ここらへんのことを頭に入れていると、だいぶ違った絵が見えてきます。つまり、

 

「民主主義が最近機能しなくなってきた」わけではなく、

「民主主義はもともとだいぶポンコツだったけど、社会主義とか独裁とかのベンチマークに比べたらマシだった」であり、

「日本が少子高齢化を迎え、人口ボーナスによる成長が終了する中で、経済成長が難しくなってきたからそれが最近より露見してきただけ」であり、

「もしかしたら民主主義じゃない別の方法だったら高度経済成長期の日本はもっと成長していた」のかもしれません。

 

「過去には民主主義が機能していた」というならば、その時期の民主主義で統治された日本と別の方法で統治された日本を比較しないといけないですし、逆に言うとこの時期はある程度誰が何をしててもうまくいっていた時期かもしれません。

 

 

ちなみに、僕が民主主義がそもそもあんまりうまくいかないと信じている一つの理由に、このベンチマークの分析手法があまり一般的に浸透していないと思うからです。

 

先程も言いましたが、「アベノミクスがうまくいっていたかいっていないか」を語るには、2つの日本を準備して比較するか、他の変数の影響を考える必要があるので、

 

結論として、アベノミクスのせいで○○が起こってしまった」なのか、「アベノミクスのおかげで○○までに留められた(もっと悪くなるところを食い止めた)」なのか、「アベノミクスは○○とは関係ない」なのか、は冷静に議論されないといけないはずです。 

 

例えば、格差の拡大とかは、どちらかというと大きな時代の潮流の問題だと思いますので、

「誰が何をしても多くの労働者の賃金はあがらなかったかもしれません」し、

「みんながまとめて儲からなくなった」よりはアベノミクスにより「せめて富裕層だけでも儲かった」方がマシなのは間違いありません。日本国内の富はゼロサムゲームではないですからね。

 

ちなみに僕はアベノミクス推しでもなんでもなく、円安はほんとにもうこれ以上は勘弁してほしいところなんですが、いろんな記事とかみんなのコメントとかを読んでると、結構感情的な議論・結論に終始してしまうことが多く、ここらへんの考え方が浸透して、もっと建設的な議論ができればいいなあと思っているわけです。